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zoom RSS 落語の中の言葉番外「国芳の『里すゞめ』ー錦絵規制

<<   作成日時 : 2017/06/30 20:45   >>

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   国芳の「里すゞめねぐらの仮宿」について
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 この錦絵は弘化三年1846の仮宅を描いたものである。弘化二年十二月に吉原は焼亡し仮宅が許可された。
(弘化二年1845)十二月五日、暮六時、吉原京町二丁目より出火、廓中焼亡(仮宅は、花川戸、山の宿、聖天町、瓦町、浅草山川町、田町、新鳥越、山谷、深川八幡前、同松村町、佃町、同常磐町、八幡宮旅所門前、本所陸尺やしき、時の鐘やしき、入江町、長岡町、八郎兵衛屋敷、弁才天前、松井町等なり)。暮より春へ掛けて仮宅をしつらひ、午年(弘化三年)九月元地普請成りて引移る(仮宅は二百五十日限りとして元地へ移る)。以下略 (『武江年表』)

 タイトルに「仮宿」とあるのはそのためである。仮宅ゆえに見物人に女性が多く(帯など服装でわかる)、見世の前に町駕籠も描かれている。吉原であれば医者以外は駕籠で大門から内には入れないし(86医者・上)、医者の乗る駕籠は乗物のように立派なものである(68「駕籠」)。また、女性が大門を入るには通り切手が必要であった(114「吉原大門」)。
 なぜ雀の姿なのかというと、此の時代は遊女等を描いた錦絵を売ることが禁止されていたからである。
 江戸時代、幕政改革の度に質素倹約が強制され、風俗取締りが強化された。よく言われる江戸の三大改革を錦絵の規制に絞って考えると以下のようになろう。
 多色刷りの浮世絵すなはち錦絵は明和(1764-72)の初め頃成立したと言われている。従って享保の改革の時点ではまだ存在しない。大御所となっていた吉宗が西の丸で死去したのは宝暦元年1751六月二十日卯の刻である(『淳信院殿御実紀巻十三』)。なお六月はまだ寛延四年で、十一月三日に宝暦への改元が江戸城で伝えられているが、改元のあった年は改元後の元号で呼んでいる。
 したがって錦絵に対する規制は寛政の改革からとなる。主なものを揚げると次の通り。

寛政五年1793 如何敷一枚絵など禁止
          一枚絵に女の名前を記すこと禁止
寛政七年1795 番ひ絵・「婦人の尾籠之躰」を描いたもの禁止
          一枚十八文より高価なもの禁止(二十文以上の
          仕入済みのものは書出し、その数限り売払い可)
寛政八年1796 一枚絵に女の名前を絵様に記すこと禁止
          一枚十八文より高値は一切売買禁止

天保十三年1842 歌舞伎役者遊女女芸者の一枚絵禁止
            本の表紙・上包み等の彩色禁止
            絵草紙の歌舞伎役者似顔、狂言の趣向禁止
天保十四年1843 団扇絵その他すべて歌舞伎狂言に紛らわしい彩色絵禁止
            商品その他すべて、歌舞伎役者の名前・紋所を付ける事禁止

 絵草紙屋などで売られる錦絵等が規制されたのであって、個人等の依頼で描く肉筆画等は別である。

次ぎに町触を挙げる。
寛政八年八月
絵草紙類之儀ニ付、前々申渡候趣有之所、四年以前丑年、如何敷一枚絵摺出し候儀相聞、其節町年寄共心付ケ申渡候品も有之、一枚絵之内女之名前等有之分は、名前を削取候筈ニ相成候趣ニ候処、又々女一枚絵之上、名前を絵様ニ認売買致候由相聞候、肝煎名主共之吟味行届候ハヽ、右躰之儀は有之間敷儀ニ而、不言(ママ)ニ相聞候間、女一枚絵之上ニ名前を絵様ニ認候分は、早々削取売買可為致候、以来町方女芸者其外茶屋女等之名前ヲ顕候儀は勿論、絵様抔ニ認候類之儀も有之候ハヽ、当人は勿論、名主共迄も急度可申付候、尤遊女之儀は不苦候、且又直段之儀次第ニ高直ニ相成候ニ付、一枚廿文以上摺立有之分は、其品限り為売払、此上売直段一枚十六文拾八文以上之品は可為無用旨、去年九月中申渡候処、其頃仕込置候廿文以上之分は、最早此節迄は可売仕廻儀、若売残有之候迚も、際限は無之候間、以来は一枚十八文ゟ高直成品、決而売出間敷候、若心得違、右直段ゟ高直ニ売候もの有之候ハヽ、急度可申渡候
右之趣商売人共江其方共ゟ申渡、外名主共江不洩様可申通候
右之通被仰渡奉畏候、仍如件
  辰八月十四日    壱弐番組
               肝煎名主
                 助右衛門
                 伊 兵 衛
                 惣 次 郎
                 庄右衛門
右は小田切土佐守様御番所ニ而被仰渡候間、絵草紙商売幷板木職之者ゟ請印取置候様通達
 (『江戸町触集成』第十巻)

天保十三年六月
                絵草紙掛り
                  名主共
錦絵と唱、歌舞伎役者遊女女芸者等を壱枚摺ニ致候義、風俗ニ拘り候筋ニ付、以来開板は勿論、是迄仕入置候分共決而売買致間鋪、其外近来合巻と唱候絵草紙之類、絵柄等格別入組、重モニ役者之似顔狂言之趣向等ニ書綴、其上表紙上包等江彩色を相用ひ、無益之儀ニ手数を懸ケ、高直ニ売出候段如何之儀ニ付、是又仕入置候分共決而売買致間敷候、向後似顔又は狂言之趣向等は相止、忠孝貞節等を元立ニ致、児女勧善之ためニ相成候様書綴、絵柄も際立候程ニ省略いたし、無用之手数不相掛様急度相改、尤表紙上包等ニ彩色相用ひ候儀は堅く可致無用候、尤新板出来之節は町年寄館市右衛門方江差出、改請可申候右之通被仰渡奉畏候、仍如件
  天保十三寅年六月四日
            絵草紙懸り
              品川町
                名主 庄右衛門
以下名主名省略 (『江戸町触集成』第十四巻)

天保十四年五月
                市中取締掛
                  名主共
                絵草紙掛
                  名主共
一錦絵と唱、壱枚摺ニ致し或は双紙之類、絵柄格別入組無益ニ手数を掛、高直ニ売出間敷旨、去寅六月中申渡置候次第も有之候処、近頃子供踊抔と名付、歌舞妓狂言ニ紛敷彩色絵等相見、不埓之至ニ候、向後団扇絵其外都而右形容ニ不似寄様、弥絵柄改正いたし、成丈手数不相懸様摺立、篇数其外之儀先達而申渡之通堅可相守、名主共も入念相改、万一不改受売出し候趣及見聞候ハヽ其段早速可申出
一総而商物其外、不依何品ニ、歌舞妓役者之名前紋所を附候儀不相成候間、名主共支配限不洩様右之趣可申通、若相背候もの於有之は、吟味之上急度咎可申付
 右之通被仰渡奉畏候、為後日仍如件
   天保十四卯年五月廿二日  市中取締掛請印
                      絵草紙懸請印
 右は甲斐守様於御白洲被仰渡候 (『江戸町触集成』第十四巻)

 役者絵が似顔絵に変わっていったのに対して、美人画は似顔にならなかった。春信型美人、歌麿型美人と云う様に類型的な美人像で、絵師ごとにそれぞれ同じような顔かたちである。書かれている名前ではじめて誰とわかる。それで名を記すことが禁止されると、名前を絵で表現することが行われた。
  喜多川歌麿の「扇屋花扇」と「高島ひさ」を例にあげる。上は文字、下は謎絵にしたもの。
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名前を絵で表したものの左は扇屋花扇でこれは説明を要しないであろう。右の絵は鷹の下に島、右側上に火があり下に鷺の上半分、これで高島ひさである。名前を絵で表すことまで禁止されると評判娘や有名遊女等の錦絵は成り立たない。

 また天保の改革で遊女や芸者の一枚絵の売買自体が禁止されると国芳は雀や猫など動物の姿に変えて描いた。
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 芸者の着物の柄には鮑。船頭には碇型の蛸の足、客には小判の模様。タイトルには縄で縛った鰹節があしらわれている。

 役者似顔絵も禁止されたので、国芳は魚などの顔を役者の似顔にした。
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役者の紋所をデザインして役者を特定する補助にしている(左図「似たか金魚」)。続いて役者の紋所を付けることも禁止される(右図「魚の心」紋所無し)。それでも当時の人は誰であるのか分かったのであろう。あるいは、誰に違いないというふうに謎解きのように楽しんだのかも知れない。水野忠邦が失脚して取締が緩んでくると人間の顔として描いている。ただし、あくまで「むだがき」として。
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「絵柄格別入組無益ニ手数を掛、高直ニ売出間敷」の禁令に反しないと踏んだのであろう。緩んだとはいえ、禁令は幕末まで続いていたからである。

慶応二年1866四月
                 組々世話懸
                   名主共
一錦絵と唱、歌舞伎役者芸者等ヲ一枚摺ニ致し候義、風俗ニ拘り候筋ニ付、以来開板は勿論、是迄仕入置候分共決而売買致間敷旨、其外絵双紙類、無益之手数不相懸様、天保十三寅年申渡置候処、近来歌舞伎役者似顔絵開板致、其外高直之錦絵売出候由相聞以之外之事ニ候、是迄仕入置候分共売買人差留、都而絵双紙類彩色摺方等手数相懸、高直ニ売買候義致間敷旨、名主共支配限り其筋渡世之もの共へ不洩様申聞、急度取締相立候様可致
 右之通今日南御番所江被召出被仰渡奉畏候、仍如件
   寅四月十八日      組々世話懸
                  壱人ツヽ受印
 右之通駿河守様於御白洲、播磨守様御立会被仰渡候 (『江戸町触集成』第十八巻)

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