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zoom RSS 歌川国貞の二十六夜待の絵

<<   作成日時 : 2014/10/14 20:20   >>

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 落語とは関係ありませんが、先日太田記念美術館で「歌川国貞」展を見て来ました。一枚気になる絵がありました。「十二月之内 文月 廿六夜待」です。(下図)
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「豊国画」とありますが、国貞は豊国の門人で二十二、三歳頃から売り出し、後に師の名を継いで一陽斎豊国と号しています。また描かれた場所は、右の娘が屋内で何枚重ねかの厚い草履を履いてところから品川の妓楼と思われます。
 気になるのは左側に描かれている丸いものです。空が暗いので月でしょう。解説にも「満月」とありました。しかし二十六夜に満月が出るはずはありません。不可解です。Webなどで二十六夜待の浮世絵を探すといくつか見つかりました。二代広重の「江戸自慢三十六興 高輪廿六夜」(左)、初代広重「東都名所年中行事 七月 高輪廿六夜」(右)、初代広重「東都名所高輪廿六夜待遊興之図」。
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これらはいずれも月は描かれていません。
「江戸名所図会」巻之一 「高輪海邊 七月 二十六夜待」も月はなく(すでに上ったあと)日の出直前の様子です。「東都歳時記」七月の「湯島 二十六夜待の図」には半月が見えます。これも変です。二十三夜の月待であれば半月ですが、二十六夜の月は三日月を左右反転させたほどの半月よりもっと欠けた月のはずです。江戸の人間が二十六夜の月を間違えるはずはありません。

 どういうことかと考えて気がつきました。それは赤子を抱いた母親に眉を描くのと同様の浮世絵の「うそ」であろうということです。月の名所である高輪や品川には満月こそがふさわしいと思ったのでしょう。うそと承知で描き、見る方も「うそ」と承知で見ていたと思われます。

 ただ解説がそれに触れていないのは不親切というものではないでしょうか。現在この絵を見る人は、満月が出るのを待っていたと誤解しかねません。太陽暦で暮らすわれわれにとって月の満ち欠けと日にちは無関係になっているからです。「三日月」「十五夜」は言葉だけのものになっています。「女郎のまこととたまごの四角、あれば晦日に月が出る」という江戸時代の言葉は太陽暦では成り立ちません。晦日に月が出ない方か希でしょう。来年の今月今夜、再来年の今月今夜の月を涙で曇らせようと思っても、新月で月が出ないかもしれません。
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